Vol.01
ソメヤスズキのヒノキ染め

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森から「色」を作る。
ソメヤスズキの、
ヒノキ染め

Vol.01
ソメヤスズキのヒノキ染め

今回紹介するのは、
ソメヤスズキのヒノキ染めの商品たち。

ソメヤスズキ代表の鈴木菜々子さんの
商品が生まれるまでお話を聞き、
この商品の背景、そしてどうやって
作られていくのかを追いました。

ソメヤスズキが
生まれるまで

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ソメヤスズキの鈴木菜々子さん
「こっちに来てみたらこんな自然溢れた環境で、
  身近なもので染めてみたいと思ってしまいました。」
ソメヤスズキの代表、鈴木菜々子さんは東京の美大でテキスタイルを専攻し、そこで草木染めに出会いました。
卒業後も自宅を作業場にし、草木染で糸を染めたり、布を作ったりしながら作品制作しアートコンペに参加。作家活動にも力を入れていました。
その後、東北の震災を機に移住先を探す中で目に止まったのが、同居人募集のツイート。
そして移り住んだのが西粟倉村でした。

当時は仕事にしようとまでは思っていませんでしたが、作家活動ではないかたちで商品を届けたいと思い草木染めを再開した鈴木さん。
ワークショップなどイベントを重ね、村に来て2年後「ソメヤスズキ」は生まれました。

「当時は草木染めの淡い色合いとかではなくて、ポップでカラフルな色を出したかったです。」

その言葉とおり、今も主力商品である吾妻袋はとてもカラフル。 手にしたら足取りが軽やかになりそうな色合いです。

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ポップでカラフルな色の吾妻袋
商品詳細を見る
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色を作る
染め屋

「最近、自分が何者か、ソメヤスズキは何を売っているかをようやく言葉に出来ました。
   私は「色を作る人」、ソメヤスズキは「色を売っている」のだとわかりました。」
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鈴木さんは染める人ではなく、色を作り出す人。

染料店や、本、インターネットにも、この植物からはこういう色が出るとか、この金属と化学反応を起こしこんな色が出るというのも知ることが出来ますが、鈴木さんが信じるのは自分の勘と、植物とのやりとりの事実です。

「色を出すにはいくつかの変数があります。 まずは植物、採取の季節や時期、採取してからの乾燥具合、分量、煮出すときの掛け合わせる金属、煮出す溶液、煮出してからの寝かし時間、染めの回数。
これらの変数の組み合わせ、微調整の繰り返しはとても時間がかかりますが、自分の経験と勘から色を想像しながら何度でも試します。 どんな色になるか毎回「勝負!」みたいな感じですよね。

この試行錯誤は相当なものだということが話を聞いていてもわかります。
また、草木染めはその変数の多さから、色の統一は難しいとされています。
それでも鈴木さんは多くの人に届けるために色の統一には力を注ぎます。

「草木染の繊細な色は素敵でそれは1つの魅力だと思っているけれど、私は「製品」を作って届けたいです。そのために毎回「こういう色を作りたい」「その為にはこういう条件、要点」を書き留めたレシピを作っています」

鈴木さんの試行錯誤から生まれている「色」はどれも単純に赤、黒、黄とは言えない、
「ソメヤスズキの赤、ソメヤスズキの黒、黄」が生まれています。

この色の誕生とそれを製品として届けたいその想いは何があるのでしょう。

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「作家活動していた時の作品はパーソナルな自分のメッセージを伝えたいことの表現であり、その表現の為の草木染でした。

でも、草木染は表現の手段ではなく、草木染から出る色そのものが魅力的で、それが伝えたいことになっていきました。
色を知ってほしいとなると、それまでの作家活動ではないと思い、どうしたらダイレクトに色そのものを多くの人に手にとってもらえるかを考え、メーカーとして事業にしていくことにしました。

“色”が好きということなら、合成染料や顔料でもいいかとなりますが、うーんそこは単純に草木染が好きだから、物とのやりとりが面白いからこれからも草木染で“色”を作っています、“色”を売っていますと言いたい自分がいます。

ヒノキで
色を作り
染める

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ヒノキから染めたい。この思いは村に来た時から持っていた鈴木さん。
材料となるヒノキの皮は山ほどあるので、量に問題はなかったけれど、どう安定して素材を手に入れ、仕組みとしていくかは最初悩んだと言います。

ヒノキの皮の調達に関しては、村内のB型就労支援の事業をされている特定非営利活動法人じゅ〜くさんに力を借りて行っています。 森林組合の土場でヒノキの皮を取ってもらい、小さくカッティングして素材にする作業をしてもらっています。

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「マリーゴールドや渋柿とか、今後も、周りに既にある素材を使いながら、周囲の人たちと一緒にやっていきたいです。」

今年は、マリーゴールドの花を周辺の方に呼びかけて集めたり、渋柿を集めて染料にするために研究をされています。
渋柿は染料となるまで2・3年と時間はかかりますが、草木染ってそういうものだしねと楽しそうな鈴木さんでした。

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ヒノキから出る色には、本では黄色系と書いてありましたが、赤系じゃないかなとは思っていたと言います。
初めてヒノキの色を見た時に感じたことはどのようなものだったか、きっと驚きに満ちていたのではないかと思って尋ねたら意外な返事がありました。

「はじめまして、って感じじゃなかったですね」

その感覚は、鈴木さんがずっとやりたくて思い描き続けたこと、それまでの経験や知識、技術の蓄積があったからでした。

染めの工程では鈴木さんは嬉しそうに

「キレイでしょ」「ヒノキのいい香りがするでしょ」

と言いながらその作業を見守っていました。

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「染め直し」
という新しい
ソメヤスズキの
魅力

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草木染はどうしても合成染料と比べると退色が速くなります。 そこは鈴木さんはじめ、スタッフの皆さん自身が使いながら変色の具合やその味わいを実感し、それを丁寧に説明できるようにされています。

「色の変化も楽しんでもらいたいけど、それでもどうしても色が落ちてしまった時は是非染め直しを活用してほしいです。」

染め直しとは、基本はヤシャブシを使った全て黒っぽい色に染めるものです。
希望やその洋服たちの状態によって他の色にも出来ますが、この黒い色の染め直しがとても面白いことを教えていただきました。

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染め直しは単純に真っ黒にするものではなく、色を重ねる作業です。 柄物も色物も、そこに黒を重ねると思いがけない表情を見せるそうです。 聞いていると、その洋服を生き返らせるというより、進化するような感覚になります。

「大事に着ていた服、思い出深い服を持ってきてはそのストーリーが聞けるのはとても嬉しいです。 おばあちゃんのお下がりでとか、どうしても気に入っている肌着なのでとか。笑」

染め直しは男性が利用することも多いとのこと。 草木染には馴染みがあまりない男性が興味を持ってくれることがとても嬉しいそうです。

「色を作り染める、色が変わる、染め直すことでまた色が重なる。 一着の服を通して、その人の人生や歴史に参加できることに面白さがあります。」

切って、縫って、
包んで。
洗練されていく
商品。

染めた翌日、ヒノキの淡いピンク色になった布がソメヤスズキの工房にある作業台にきちんとたたまれて置かれていました。

布は染めることで、繊維が丈夫になることも鈴木さんから聞きました。 確かに重みが出たように感じますが、布はとても柔らかく、手触りも気持ちのいいものでした。
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この布を丁寧に広げ指定のサイズに裁断していきます。
作業をされていたスタッフの方は「いつも、裁断作業は緊張します。」と言いながら裁断をすすめていました。

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裁断された布は、縫製に進みます。 驚くほど速い針の動きとそれを進める手の冷静さは熟練した縫製技術を感じます。作業をしているのは、この村の若いお母さんです。

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村のお母さんたちが、ソメヤスズキの戦力になってくれることはとても嬉しいと鈴木さんは言います。

「元気なお母さんたちの1つの仕事として、ソメヤスズキの裁断や縫製が存在しているように今後も頑張りたいです。」

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最後は検品、アイロンがけ、梱包です。 商品は、染めの工程、裁断、縫製、検品、梱包の段階が進むにつれて、どんどんと洗練されていきます。

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一つひとつの作業はとてもスムーズで、それでもじっと見つめるとその細やかさ、丁寧さに引き込まれます。

作業しているスタッフの方々に明るく声を掛けながら鈴木さんは終始嬉しそうで、みんなが居るから出来るんだと教えてくれました。

ソメヤスズキでヒノキから色が作られるプロセス
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今までゴミになっていたバークから「色」という価値を生み出した。
ソメヤスズキさんは、試行錯誤の末に、バークも資源になりえるということ示した。

西粟倉村の森からは、様々な商品やサービスが生み出されているのですが、
そのすべては「植林」から始まっています。子や孫のために、50〜60年前ぐらいに木を植えた人がたくさんいたのです。

その想いを受け継ぎ、森や木を大切にして未来に引き継いでいくことを目指しているのが西粟倉村の「百年の森林構想」です。

植林された木が育ち丸太が収穫されるまでの間、下刈り、除伐、枝打ちなど、無数の人手がかかっています。

ソメヤスズキさんは、50〜60年経ってようやく収穫されたヒノキのバーク(樹皮)を染料として活用しています。
床板などの製品になるのはバークの内側の部分なので、バークはこれまでずっとゴミになってしまっていました。
ソメヤスズキさんが染料として活用するのは、発生するバークのごく一部です。
しかし、バークからも価値を生み出せるということを西粟倉村で最初にソメヤスズキさんが示してくれたことは、とても意味があることです。
何事も、誰かが始めるから始まり、そして広がっていく。
これからきっと、バークを資源として活用していくチャレンジは村の中で広がっていくと思います。

バークを染料として活用するには、丸太からバークを剥がして、細かく刻んでいくということに大変な手間がかかっています。
この地道な作業を担っているのが、NPO法人じゅーくです。じゅーくは、障害者さんの就労支援を行っている団体で、じゅーくに来ている障害者さんたちがバークを細かく刻む作業をしてくれています。

刻まれたヒノキのバークは、煮出して、それから「染色→洗い→媒染→洗い」を何度か繰り返します。
煮出す時間をどうするか、それからすぐ染色するのか、寝かすのか、どれぐらい寝かすのか、1つ1つの細かい作業工程について試行錯誤を重ねた中で、あの美しいピンク色が生み出されることになりました。
色を生み出すことに強い情熱を持ち、とてもつもない試行錯誤を重ねてたどりついたのがあの色なのです。

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ヒノキ染めの商品については以下の商品から購入いただくことが出来ますので、是非御覧ください。